Matador Juan Muñoz 2009

¥7,700 (税込)

お誕生日、退職祝い、ご両親との大切な記念日に……

親子の絆のワイン

 

説明

O=MATADOR Juan Muñoz 2009
〈マタドール〉フアン・ムニョス

あのテルモ・ロドリゲスがプロデュースする生涯に一度だけの夢の共演

〈マタドール〉フアン・ムニョス2009は、スペイン・リオハの名門ワイナリー「レメリュリ」の前オーナー、ハイメ・ロドリゲス(1926-2021)が引退前に手がけたラスト・ビンテージです。ハイメがここを運営するようになったのは1970年代のこと。レメリュリは、リオハで初めてボルドーのシャトーに倣ったワイナリーであったことで有名になりました。つまり彼は、自社畑で栽培したぶどうのみを使ってワインを造るというあり方を目指しました。引退作のフアン・ムニョスは、これまでのレメリュリの集大成となるよう、その中でも一番いいぶどうだけを選出しています。

 ハイメにはテルモ・ロドリゲスという同じく醸造家の息子がいます。テルモは昔レメリュリで仕事をしていましたが、父ハイメとの意見の食い違いから1994年に自社を立ち上げてスペイン中の畑を開拓する旅に出ました。テルモはカベルネなど外来品種の流行により忘れ去られてしまったスペインの古い畑と土着品種を次々と復活させ、高品質で美味しいスペインワイン本来の味を取り戻したことから「スペインで一番有名になった男」とまで呼ばれました。今、スペインにはテルモの影響を受けた生産者が大勢います。さらにテルモは1998年から、スペイン最高の生産者の中から毎年誰かをひとりを指名して特別なワインを造ってもらうプロジェクト〈ボデガ・マタドール〉を開始。この〈マタドール〉フアン・ムニョス2009は、テルモが父に依頼して誕生しました。他のビンテージは存在しない唯一無二の作品です。そしてこのワインをもって父は現役を引退し、息子テルモが2010年にレメリュリを継承して現在に至ります。父と息子の和解/親子の絆が、ワインによって体現されているのです

フアン・ムニョスのラベルには、ハイメ氏とテルモの親子のサインが並んでいます。

【造り手】ハイメ・ロドリゲス/レメリュリ(1926-2021)左:息子テルモ、右:父ハイメ

【アーティスト】JUAN MUÑOZ(フアン・ムニョス、1953-2001)スペインの彫刻家。彼の作品は建築空間の中に人物彫刻を配置するのが特徴。

レメリュリが所有する畑は「グランハ」と呼ばれます。ここはかつて14世紀の修道士たちがワインを造り始め、その農園(granja)があった場所。


MATADOR JUAN MUÑOZ 2009

産地リオハ
品種テンプラニーリョ、ガルナッチャ、グラシアーノ
醸造16ヶ月フレンチオーク樽にて熟成。2011年瓶詰め

私は87歳です。生涯手掛けてきた数多くの仕事から完全に引退しました。レメリュリ・プロジェクトは、おそらく私がやってきた仕事のなかでも最も面白いものだっただろうと感じています。ワイナリー「グランハ・ヌエストラ・セニョーラ・デ・レメリュリ」は、19世紀にかつて教会の所有物だった修道院が財産譲渡で解放され、その結果として誕生しました。面白い、という表現では言い表せない、とても複雑な場所です。グランハの畑のなかには「カサ・デ・ラ・レアル・ディヴィザ(王立外貨館)」という、大昔に外貨が集められた建物があります。さらに「レメリュリの聖母」の図像が何世紀にもわたって置かれていた礼拝堂もあります。

私がグランハで仕事をしだした頃、そこは完全に荒廃していました。ただ、とても興味深い古い畑が少し残ってはいました。そうした畑が、私たちの今日のもっとも素晴らしいワインのベースであり続けています。考古学好きの私は、ここでいろいろな遺跡を発見しました。鉄器時代の集落跡、人型の石棺が埋葬されていた中世前期のネクロポリス(共同墓地)、サンタ・サビーナ礼拝堂にあった別のネクロポリスの跡、「イヴァ」という謎めいた名で呼ばれていた鉄器時代の痕跡など……。こうした遺跡エリアはすべてトローニョ山の中にありました。ローマ時代に、ローマが戦利品として征服・統治していた土地だと思われます。

フアン・ムニョスと名付けたこのワインは、私の最後のビンテージです。2009年はリオハのとてもいい年です。このビンテージから、レメリュリは私たちの所有するぶどうだけでワインを造ります。それは大改革であり、私がつねに夢見ていたことなのです。

今、私は次世代の醸造家たちに、ほかにはない、私がとても愛したこの畑を受け渡します。

ハイメ・ロドリゲス・サリース
(1926.12.11-2021.2.10)

 

追加情報

ビンテージ

2009