おうちワインセットweb注文OK!

コロナ禍の外出自粛中、高輪glasshouseへお越しいただくことができない方も多くいらっしゃることを鑑み、webのお問い合わせフォームからおうちワインセットをご注文いただけるようになりました。配送先の氏名・ご住所・配送希望日時等、必要事項をご記入の上、フォームの送信ボタンを押してください。

お支払い方法に関しては銀行振込のみとなります(将来的にはクレジットカード決済ができるよう、現在準備中です)。ご連絡後、追ってこちらからお振込先口座をご案内いたします。商品は入金確認後に配送いたします。

★2021年2月より新セットができました:

odex2月号を発行&配信しました。

2月号のピックアップはポルトガルのアルバリーニョ。次世代の世界品種はポルトガル。ミーニョ地方由来の白ぶどう品種アルバリーニョは、とてもきれいな酸と満ちあふれた果実味が特徴です。2019年6月には赤ぶどう品種トゥリガ・ナシオナウとともに、AOCボルドーとボルドー・シュペリウールで導入が認められました。今の生産者たちは、気候変動によってワインのアルコール度数がどんどん高くなり、酸味が弱くなっていく問題に直面しています。アルコリックではなくきれいな酸の品種を求めて注目されているのがポルトガルのアルバリーニョとトゥリガ・ナシオナウ。あわせて新入荷しましたDão(ダン)地方を代表するアルバロ・カストロ(キンタ・ダ・ペラーダ)の赤もご紹介。こちらはトゥリガ・ナシオナウほか40種以上のフィールドブレンド。非常に酸もタンニンもバランスがよく、やさしい果実味を楽しむことのできる、まさにポルトガルトップレベルのワインです。

★odex資料のバックナンバーをPDFでご覧いただけます

★お取引先各位
現在odexはメールでDMを配信しています。中には新入荷アイテム、その月の特価のご案内、最新リストを掲載。万一、そうした内容のメールが最近届いていないという場合は、大変お手数ですがご連絡いただきますようお願いいたします:03-3445-6895/glasshouse@odexjapan.co.jp

【卸し】年末年始の出荷スケジュールについて

odex取り扱いワインをご愛顧いただき、いつもありがとうございます。2020年12月29日(火)から1月4日(月)までは冬期休業となります。卸し、小売ともに営業時間外となりますのであらかじめご了承くださいませ。

出荷スケジュール

年内の最終出荷受付〆切:12月28日(月)9:00
 ※9:00以降のご注文は1月5日(火)に出荷いたします。

年始初日の出荷受付〆切:1月5日(火)9:00
 ※9:00以降のご注文は1月6日(水)に出荷いたします。

来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

【小売】12月は土日11時-16時OPEN

高輪glasshouseでのワイン小売。今月は日曜日も営業しています。
平日は8時30分-17時30分、土日は11時-16時に小売のお店OPEN。
美味しいワインと、建築と、高輪の丘の景色を望みにお越しください。

おみえいただいたお客様に建物案内をするニーノ。

日本でいちばん豊かな過去? だったodex?

 Facebookのおかげで50年来の友達との交流がよみがえってきています。1972年私が東京で会社を興したとき、スコットランドのグラスゴーで会社を興したリンソンデックのアイバー・ティーフェンブン。そしてネイムオーディオのマーク・タッカー。BBCのモニタースピーカー、ロジャースのブライアン・プーク。そしてイタリアでは、マシャレッリの事務所の番頭格ロサーナから「Nino che sorpresa! Sono felice di trovarti qui su Facebook!」と。続いてマーク・タッカーからのメール(ちょっと長文ですが)。

 odexは、1年後に50年目に入りますが、その次は「第2次50周年期」に突入します。第2次50周年期という考えは、昔odexの仲間だったイタリア人のダビデ・エレディタートが、40周年の時に一緒にデザインしたTシャツから。そこには「i nostri primi 40 anni」。最初の40周年は、すごく豊かでした。もう一度豊かなodexを、今夢見ています。

odex40周年記念Tシャツをもつkumiさんです。

 でも実のところ10年近く前にKumiさんと私と、odexのルネッサンス(再生)を目指してスタートした時、どんぞこでした。今も私は実は無給なんです(こんなこと話してもいいのでしょうか?)。ただ、マーク・タッカーが日本に来た30年くらい前。マークにも参加していただいた社員旅行はなんと箱根の富士屋ホテルでした。スペシャルゲストは、リーガロイヤルホテル、レストランヴァンサンク、続く大阪の第3のodexのフレンチのお客さん、エプヴァンタイユの髭のシェフ、山田さんにもお付き合いいただきました。山田さんお元気ですか。40周年記念の社員旅行は2つのグループにわけて、前半は中国広州。全日空主催の日中友好ウォーク。西湖一周に参加。後半の半分のグループは台北マラソンに参加。たしか元odexの天野くんがハーフをフィニッシュしました。

 こんないい時代を、もう一度夢見ています。大変な時代ですが、応援してください。一緒に頑張れればと思います。そのためにたくさんの夢を見ています。厳しい時は、夢を見るのに限りますね。喜寿のニーノです。

伊豆とハワイのイルカ。高輪の人。人。人。そして大阪城。

 ルレ・エ・シャトーのホテル、観音崎京急ホテル。目覚めの良い朝。部屋から海の向こうに房総半島の鋸山。50年近く前の油壺からヨットの遠出を思い出す。伊豆大島の手前でイルカの大群に遭遇。ヨットのスピードに合わせて一緒に長い時間をかけてついてきてくれて感激。生き物の中で、伊豆のシカ、六甲のイノシシ、奥多摩のクマ、軽井沢のキジも大好きだけれど、やっぱりイルカがいちばんかわいい。イルカのかわいいのは、ハワイで大好きなカハラヒルトン(古い名前で呼ばさせてください)のラグーンのイルカ、いつも気持ちよく僕を迎えてくれる。

 カハラに通い始めてもうすぐ55年。ハワイで最後に行ったのは、今は亡き妻雅枝と久保田夫妻とすごしたクリスマス。久保田さんは、odex開設時にすごくお世話になった三菱銀行品川駅前店の支店長で、odex40周年記念にご招待。奇しくも当時三菱銀行のあった品川駅前の角地に、僕がいつも朝食を頼むTHAIカフェのマンゴーツリー。いただくのはカオマンカイ。タイ風に生姜をあえたチキンライス。僕は、マンゴーツリーの社長小島さんと一週間タイを食べ歩きしたことがある。タイの食べ歩きはなんと、イタリアンのシェフ、マンジャペッシの日高さんご夫妻とも一週間。15年くらい前の話かな。実はタイ料理は、仏、伊、西の西洋料理よりもぐんと美味しいと思っている。ごめんなさい。みなさん。

 マンゴーツリーはメキシコっぽい色あざやかなテキーラ・クエルボのテーブル。タイだけでなく南国の雰囲気にいつも心がなごやむ。クエルボの輸入元はアサヒビール。同じマンションに住んでいらしゃった元アサヒビールの社長樋口廣太郎さんを思い出す。マンゴーツリーからodexの中間点、高輪カトリック教会に奥さんとお嬢さんと一緒に通っていらっしゃった樋口さん。実は、高輪台近くの7軒の小さなマンションで、管理組合の委員長と副委員長を私と共同でさせていただいたことがある。とはいっても、当時20代の青二才で、事務が不得意な私の名前は看板だけで、私にまかせるのではなく、樋口さんがすべての事務職を、アサヒビール社長職のお忙しい中でされていました。すごい方でした。住友銀行副頭取を経験なさった方でしたが、気さくな関西系商社マンという感じでした。

 マンゴーツリーの上に、高輪のワインショップエノテカのお店がある。エノテカが代理店をするアンジェロ・ガヤの娘ガイア・ガヤ。高校を出た時に二週間、私どもの自宅でホームステイをしたことがある。父親アンジェロも娘ガイアも、ちょうど手に入れたばかりの高輪グラスハウスワンをこよなく愛してくれました。「Que Bello」の言葉を毎日のように繰り返して過ごしてくれました。そして雅枝のことを日本のお母さんと呼んでくれました。アンジェロが気に入っていたのは高輪の大きなイチョウの木。一緒に楽しんだ銀杏拾い。アンジェロのワインの代理店を10年ばかり、モエ・ヘネシーと2社で日本で引き受けていることがありましたが、いつもアンジェロからヘネシーは巨象でodexはかわいいモスキートだと言われていました。アンジェロとのつきあいは、イタリアのアルプスの山歩き。そして神戸六甲の山歩きと京都の町歩き。また断食道場がよい。いろいろ楽しんでいましたが、odexは小さなモスキートでも、大きな象の鼻の上でブンブン飛び回ると気になるんじゃないかな、と思い10年ばかりコラボした後、自分のほうから身を引きました。でも未だに家族ぐるみでお付き合いをいただいています。

18歳のガイア・ガヤと、日本のマンマ雅枝さん。

 さて、アンジェロ・ガヤの輸入元エノテカのオーナー廣瀬さんから、アンジェロ・ガヤの代理店をやりたいのでとりもってほしいという相談を受けた時、2人にとって一番いいパートナーになるのかなと思い、一肌脱ぎました。彼らが会う場所を東京にしろ大阪にしろ、都心のホテルやレストランではすぐに目につくので、考えた末、なんと大阪城で真昼間に落ち合いました。そして2人は合意して今に至っています。廣瀬さんお元気ですか。今エノテカ高輪店から歩いて10分。坂の上に面白いワインの実験店odexグラスハウスを運営しています。一度遊びにお見えになりませんか。私ごとコロナの問題が起きた5月の第一週、初めて新聞チラシでニーノのおうちワイン1万円セットとバスクの貴公子テルモの1万円セットを売り出しました。高輪4丁目限定で新聞チラシ400部で、5時間で20セット売れました。一度お店を見ていただければ幸せです。nino

ことば。ひととワイン。そして風。

この記事は2020年10月1日発行『東京外語会報』No.150に掲載されたものです。

森俊彦(もり としひこ)(外D1968)

新緑の風をたのしんで、高輪の丘の上でフラメンコのイベントを! という話がとつぜんまとまりました。2018年春、桜の咲く高輪の僕のアトリエに遊びにきてくれた外語出身の若い女性4人、宮本洋子さん(外D1991)、宮台智子さん(外M2001)、由佐奈緒子さん(外S1991)、羽二生知美さん(外S2016)と。そのことが外語会のメールマガジンで紹介されました。(※)それがきっかけで、同期のゼミの友人井田秀機さん(外M1967)からの勧めで、僕のことを語ることになりました。

瀬戸内海に面した小さな村で生まれました。高校は加古川東。地方では有名な進学校でしたが、僕は関西弁で言う「あかんたれ」でなにもできませんでした。英語だけ辛うじてできたので、英語だけを勉強しました。学校に通う以上に、神戸の港で会う外国人に、あえて手当たり次第に英語で話しかけました。浪人して、辛うじて外語のドイツ語科に受かった年、観光ガイドの国家試験に受かりました。大学に通わずに、JTBでインバウンドのガイドをしていました。ドイツ語の仕事をふくめて大学時代をアルバイトで過ごしました。1964年、初めて日本人が海外に出かけられるようになりました。1965年にはガイドで稼いだお金で東南アジアを廻りました。インドネシアでは、当時留学していた、下宿のルームメイトであった長篤史君(外In1968)を訪ねました。バンコック、シンガポール、KL、どこの国に行っても日本の学生を見るのが初めてという時代でした。テレビ、新聞のインタビューに出ていました。そして羽田に帰った時には日本テレビに取材されました。そのあくる日のお昼の「婦人ニュース」に「若い世代の見た東南アジア」というタイトルで出演しました。1966年には横浜からシベリア経由でヨーロッパに向かいました。コペンハーゲンのイダ・ダヴィッドセンというレストランで仕事をし留学資金の一部を稼ぎ、ドイツのフライブルクとケルンで大学生活をエンジョイしました。外語ではなんにも勉強してなかった僕がなんとか卒業できたのは、外語のドイツ語の同級生、永井進君、山本昭彦君、牛山紀雄君のノートのおかげだったと思います。本当にありがとう! と、誌面を借りてお礼を言わせてください。

南ドイツのフライブルクでワインに興味をもつようになりました。ワインの仕事をしたいと思って55年経ちました。そして1970年フランスでフランスワインに出会いました。その瞬間にドイツのことをすべて忘れてしまいました。そしてフランス料理を毎日いただければとフランスの文化に憧れるようになりました。

1972年フランスワインとイギリスのオーディオの輸入の目的でodexを設立しました。オーディオは自分が気に入ったリンソンデックLP12とRogers BBC Monitor LS3/5AをLinn JapanとRogers Japanの設立まで続けました。世界的なブランド2社を無名の時代に発掘しました。ワインは、フランスの三ツ星シェフ、ジョルジュ・ブラン、ミッシェル・ゲラールそしてアラン・デュカスのシェフソムリエのジェラール・マルジョンと仲良くなり、彼らのワインを紹介しました。そしてバブルの時期には、ボルドーの1950年代、60年代、70年代の古いワインを日本一在庫していた会社だったと自負しています。1984年のシャトー・ラトゥールはコンテナ一本700ケース輸入していました。フレンチの名門シェ・イノの井上さんに、そのうちの年間100ケースをグラスワインとして買っていただきました。日本のバブルが終わり、中国、ロシア、アメリカと世界的に高くワインが求められるようになり、odexのリストで39,000円だったロマネ・コンティが100万円で売られるようになって、自分のエネルギーを注ぐビジネスではなくなったという結論を出しました。オーディオは、まだ当時無名の20代だったリンプロダクツの創業者Ivorらを発掘し、一緒にブランドを築きあげた時代でした。ワインはボルドーからイタリアへ主力を移しました。次にイタリアも北から南に着眼点を変え、無名のジャンニ・マシャレッリそしてスペインではテルモ・ロドリゲスという天才を発掘し、今に至っています。4番目の輸入国として、オーストリアでは20代のマルクス・フーバーにたどり着きました。ところで日本人は、ワインの情報が欲しい時、英語以外、せいぜいフランス語の情報まででしょう。それ以上は、日本人の書いた本のコピーの情報だけでしか頼れず、そうするとまだ知られていない新しいワインのことを判断することができないのでは、と心配しています。一方で、世界的にも無名だったマルクス・フーバーのワインを、オープンわずかのマンダリンオリエンタル東京ホテルがすぐにハウスワインとして採用し、トレードマークの扇をプリントしたプライベートラベルを作っていただき今日に至ります。そして5番目に輸入しはじめた国はポルトガルです。南青山のジャズクラブ、ブルーノート東京でプライベートラベルを作っていただいています。僕は僕が100歳になったころ、今から23年後、ポルトガルが世界一のクオリティワインの国になっていると信じています。

さて、神のおぼしめしで、もし長生きできて僕が100歳になった時、100カ国食べ歩きが達成できればと夢想しています。今55年間の食べ歩き歴で55カ国達成しました。最後に、僕は40でフランス語を始め、50でイタリア語とスペイン語、60になってアジアの言葉を学び始めました。今11カ国語でワインと食を語れます。5カ国の土地の生産者たちと、現地語で直接取引をしています。ひとつだけの例外は、外語のフランス語科出身の坂口功一さんのパリの会社Société Sakaguchiです。シャサーニュ・モンラッシェのMichel Niellonのワインの輸入を通じて、30年間のお付き合いをさせていただいています。坂口さんありがとうございます。

(メールマガジンの記事はhttps://posts.gaigokai.or.jp/?p=2522です。)

本物の時代がくる。

本物の時代がくる。本物のワインが売れてます。いい時代のはじまりです、今。2020年7月27日月曜日、コロナ禍、夏の暑い中、それも月末に、都内のワイン専門店に59ケースの出荷でトラックを手配しています。先週高輪にお見えいただいた発注者から、ワイン、それも高いワインがよく売れているという嬉しいお話がありました。7月24日、25日、26日の連休はKumi-san(小茄子川)と札幌にオープンしたばかりの酒本商店さんの新しいワインショップに出かけました。朝から若いお客さんがひっきりなしで、日本酒を買いに来られた方も、私たち無名のインポーターのワインをたくさん買っていかれました。産地も品種も特に気にせず一番売れたのはテルモのゴデーリョです。札幌を出る時に、すばらしいメールが彦根の若林さんから入りました。ninoの日本のおうちワイン6本セット(10000円)が30セット売れたとのこと。実は前回の長岡中村さんでの一般向けの試飲会で一番売れたのも、単独のワインを超えて、同じninoの日本のおうちワイン6本セットでした。前々回の同じ催しで一番売れたのは赤はピノ・ノワールではなくて、なんとボジョレでした。

30セット×10000円販売実績の彦根のノブちゃん

すばらしいことに、活字にまどわされない、ラベルの表示を気にしない、プロの言葉を盲信しない、本物の味のわかる若い人が増えてきています。これからは本物のワイン。そしてコストパフォーマンスのわかる人が日本のワインの市場の未来をつくっていく時代がやっときたという、確信をもてました。この時代こそ本物のワイン、知名度が低くても、コストに実感をもっていただくために、キャンペーンをコスト度外視でやっています。フランス、イタリア、スペイン、オーストリア、ポルトガルと5カ国にわたってやっていただくお客さんが今、どんどん増えています。次は、ショップにodex wine only corner をつくってくれませんかと頼んでみようかなと夢を見ています。そしてレストランのワインリストにodex1ページを割いていただけるかな、と? 最後に昔話をふたつ。

実は2回、odex1ページリストが過去にありました。南青山のCICADAのテルモセレクション1ページ。1984年には大阪リーガロイヤルホテルのフレンチレストラン「シャンボール」に私、ninoと三ツ星ジョルジュ・ブランの選んだ、ちょっと古めのブルゴーニュワイン特別ページが1ページありました。自慢はさておき、皆さんに、特に北海道のグルメのことを。1972年のodex設立直前、札幌オリンピックの選手村でドイツ語の通訳をしていますが、この50年北海道にかよって、どんどん食材がおいしくなってきています。僕の大好きな関西、九州のレベルまでついに!!! 嬉しかったです。ふだん東京では野菜もお魚も食べれない人なんですが、北海道は天国でした。一緒に本物を見極めるようになりましょう! ワインも!(odex nino 喜寿77歳)